花 嵐からん 〜千夜一夜の夜は過ぎて〜


     
     今でも鮮明に憶えているよ
     あの時も こんな静かな風の夜だった
     花冷えを誘う夜降よぐだちの雨
     信じて疑わなかったことを思い返す

     こんな穏やかな日常がずっと続いていく
     そう信じて疑わなかった昔日
     永遠なんて存在し得ないと 知っていたくせに
     笑えるだろ?それは知識でしかなかったんだ

     現実から逃げ出したくて
     ただの人となりたくて
     自分を見失いたくて
     僕はあなたと時を共にした

     この上なく浅ましき羈絆きはん
     名も無き絆に陶酔し 何故縛られ続けられることを望んだのか
     それに名をつけて 原因の明確化を試みる 
     本質を見誤る――それが結果だった

     あの穏やかな夜 最初いやさきに散った一片ひとひらはなぶさ
     再び手にすることは叶わぬと知っていながら
     それを探すことをやめようとはしない、愚かな自分
     あの時の桜と今宵の桜 樹は同じでも違うものだと分かっているのに

     めた感情が導き出した無為と有為
     全てを狂わせるには充分過ぎるものだった
     袂を別つのがもっと遅ければ こうまでならなかったかもしれない
     ・・・・この世にはもう 聡明な僕は存在しない

     手を伸ばしても指先すらもかすらない
     そんな闇の中に消えたあなた
     死命だと解っていても 納得出来なかった
     そして僕は 賢明を犠牲に自分の生を正当化する

     あなたを失いたくなかった
     だから 言葉の意味を虐殺し続けた
     あなたを喪ってしまった
     けれど 恋と名づけられた感情は残った

     ほんの一夜の出来事だった
     舞い散る花弁に埋もれるようにして
     瞬き程の時間を以って
     あなたは静かな風の夜に鹿島立った

     それは丁度 桜の咲いたこんな穏やかな夜
     花冷えを誘うような雨が降った日
     そして繰り返される同じ季節に二度はないと
     永遠なんてないと 思い知らされた日・・・・・・