巡 る

 参内する時間の前に保憲と和やかに話をしていた重信を見た博雅は、重信が帰ろうとする時間を見計らって声を掛けた。多少眠そうではあるが、重信は晴れやかな顔で博雅と向き合った。

「どうだったのだ?」

二十三夜ふみやす殿に鈴を返す事は出来ました。」

 重信はそれだけ言うと、立ち話も何だから自邸に来るよう告げた。博雅は素直に同意すると、牛車を六条にある重信邸へと向かうよう言いつけてから牛車に乗り込んだ。重信の牛車に同乗するということも一瞬考えた博雅だったが、狭い空間の中で一方的に質問攻めにし、気まずい雰囲気を作ってしまいそうな予感がしたので、一旦思考を冷却にする時間を設けた。現に重信がつけた呼称とは知らず、舞士の名を聞いただけで気分の高揚がまらなかった。

 内裏で話をし、自邸の部屋に通してからも落ち着きの無い博雅を見て、重信は僅かに苦笑する。

「逃げも隠れもいたしませぬ。先ずは落ち着かれよ。」

 そう言ってから重信は博雅の対面に座った。彼は上座を譲ったのだが、博雅は下座で構わないと返答した。しかし下座の者に目上の客人を座らせるのははばかると言って重信も譲らず、博雅に上座についてもらった。

 重信は彼等の呼称は自分がつけたものだと前置きし、それから十一夜月の夜にあったことを博雅に話した。重信が話し終えた後、今度は博雅が先の朔日に朱雀門のところで二十三夜(時行)が舞っていた事を話す。そして殿上童ではないと思しき童子がいたことも話した。

「保憲殿とは知り合いのようだが、繋がりが掴めん。」

「鎮めの舞を舞っていると言っていたのだから、恐らくその絡みではないか?」

 あたかも暗黙の了解のように二人はそちらの話題は避けた。例え二人で話したところで分かる事は何もないのであるから、当然と言えば当然であろう。

「ただ、やはり何者か気にはなるよのぅ。」

 どちらともなくごちる。約束が果たされた事に加え、紫石(望来)が「影の部分を支え続けていくのでありましたらいずれどこかでまた巡り逢えるやもしれない。」と応じた事から、次に会う機会はそう近くない事を暗示していた。重信の見当が合っているのであれば彼等は内裏に勤める役人に過ぎない。従って物凄く効率の悪い話で話ではあるが、片端から役人に当たってみるという手段もないわけでもない。そして事が大きくなる事は先ず間違いないだろう。それは二人にとっても都合が悪い展開となる。

「また保憲殿に当たってみる他なさそうだなぁ。」

 ぼやく博雅。重信が会ったという二十三夜の兄・紫石にも、朱雀門に居た二人の童子にも博雅は会ってみたかった。ある意味怖いもの知らずである。

「答えてくれそうにはなさそうだが・・・・・・。」

 少し困ったような顔で重信は言い、その後話題を変えた。申の刻に雅信がここに来る事になっているので、都合が合うなら久し振りに三人で合奏しないか?と持ち掛けた。勿論そのような誘い博雅が断る筈もなく、二つ返事で誘いに乗ったのだった。 

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