尊霊そんりょういだ故に



     泥梨ないりへのちまたは開けている
     沈黙は金
     天よ 身共みども一花心ひとはなごころを乞う
     今はただ 時間が欲しい


     息差いきざしを続けたら 望みを絶つことになるのだろうか?
     否、この位置こそが正にその淵であろうよ
     閉塞感募る長雨ながめの中
     相容れない痛みだけが お互いを蝕む


     義挙――器におとなひなくなったその戦が
     真に天下太平繋がるのならば
     命こそ惜しみ 生きて帰ろう
     この、時の中で


     嗚呼、先人達の美しき背中
     ・・・・今迄付従ってきた
     一時的とはいえ その背に背いた今
     強く守護まもられている事をたな知った


     ほにかいでなむ 下念したもひを
     酔えぬ咲酒えぐしに任せて言うてしまえば良かったか
     更なる答えなどないと解っていながらも
     いつのも 立ちはだかるは花の壁――


     任せ果たされたぎ事 留められた使命
     我がかばねの上に 幾百年ももとせ、千歳の年月 そう、永遠とこしえに
     浅ましなさかが銘ぜられようとも
     さぐくんでゆく他ちまたはあるまい



--------------------------------------------------------------------------------  北朝に寝返らざるを得なかった楠正儀(まさのり)の心情。