薬 師 1

 夜明け前。闇が最も深いと言われている刻限に、朱雀門の前ににび色の被衣被ったを少年が立つ。その長い被衣から、飾り太刀とも言えるような太刀が少しばかり姿を現し、再び隠れた。

 「これはゆき殿。かような時間に如何した?」

 揶揄する様な声と共に、朱雀門の上から滑りくるように下りてくる白皙の白い水干をまとった少年。血でも引いたような赤い唇の端がすっと持ち上がる。

 「何だよ、その「ゆき殿」って・・・・・・。」

 白皙の少年は、見目こそ少年だがかなりの年を経た鬼である。それを知ってか知らずか、鈍色の被衣をまとった少年は尊大な口調で口を利く。

 「そなたの名を知らぬでな。私は朱呑という。尤も皆は朱呑童子と呼ぶがな。」

 白い水干をその身にまとう朱呑童子は、長い黒髪を後ろできっちりと束ね、同じような白い足をむき出していた。くつは履いていない。その顔に化粧けわいを施してはいても童子と称されても何ら不思議はない。

 「それは失礼致しました朱呑童子様。私は橘蒼実時行たちばなのあおざねのときゆきと申す者。以後お見知りおきを。」

 被衣で表情を見せていないということを意識してか、少年・時行が口唇を笑みの形に持ってゆく。

 「名乗るからには被衣を取ってとも言いたいところだが、事情があるのであろう?」

 朱呑童子の指が、軽く被衣を揺らす。

 「取るのは別に構いはしませんが、一応ここ・・では口が利けない事に加えて、目の周りに火傷を負っていて目も見えないことになっているのでね。」

 時行は「ここ」、つまり内裏においてということを強調した。

 「別倭種ことやまとのうじであるからか?」

 朱呑童子からそう言われた時行は、体言止めでしっかりと否定した。顎に手を当て、問うような仕草をした朱呑童子に対し、時行は額の辺りまで被衣を上げ、その双眸を見せた。闇の中に漂うかすかな光が伝えた情報もの――それは時行の瞳の色が倭の者とは異なっていることだった。

 名は大和のものであり、瞳の色は倭のものではない。しかし別倭種ではない。その情報を繋げ、朱呑童子はなおも問うがそれをも時行は否定する。時行曰く異国の血は全く入っていないと。

 「これから得たものからすると、推測は間違っていないとも思えるのだがのぅ。」

 朱呑童子は人差し指で軽く額の中央を擦ると、そこから浮き出てきたものを時行に渡す。それは先日葉裏童子から渡された真珠のようなものだった。

 「異国の曲が詰まったこの珠の使い方を、言わずとも知っていらした。ということは、朱呑童子様は以前も私のような存在と関係を持ったことがある。そう見受けられますが?」

 時行の指先でとろりとした光を放つ珠は、音を濃縮させたものだ。体内に取り入れることによりその濃縮した音を還元することが出来る。先日彼が舞いを披露した時、朱呑童子が知ることのない曲を奏する事が出来たのも、これの所為だった。尤もその結果は珠の受け手となる者の才が優れていたが故に成立したといえるのであるが。

 時行にそう言われ、じっと彼の瞳を見つめた後、朱呑童子は瞳を伏せて溜息をついた。それを見届けた時行は被衣を元の位置に戻し、受け取った珠を懐から取り出した袋の中に仕舞う。

 「暫くは退屈しないで済みますよ。」

 小さく声を立てて時行が嗤う。

 「そろそろ夜も明けますし、持ち場に戻ります。」

 周囲を見渡し、東の空に小さな変化を認めると、時行は朱呑童子から離れた。

 「時行殿。また近いうちにそなたの舞いが見たい。よいか?」

 そのようなことを言われると夢にも思っていなかったことを口にされ、一瞬思考の時を止めた時行は、次にふうわりと笑って見せた。

 「いつでもご随意に。」

 それから朱雀門から人の姿と気配は消え去った。後に訪れるは朝まだきの足音。こうしてまた新しい一日が幕を開けるのであった。

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